夜にふつふつとつのる思いを書いてみます~
最近、どの分野にも「自立」っていう言葉が目に留まります。
障害者の「自立」はもちろん、
若者の「自立」、ホームレスの「自立」、女性の「自立」…。
自立ってきちんと意味を理解しないといけないなって思ってます。
生活できるお金があって、仕事があって、住むところがあって…の経済的自立。
でも、他者との触れ合いがほとんどなかったり、家族に依存していたら…?
自分磨きをあきらめ、自信がなかったら…?
自分の人生を自分じゃない人に選んでもらうばかりだったら…?
意図的ではない場合も多くて、環境がそうさせてしまうこともあり、
日本の経済が失業者を増やしているとも表現できます。
その状況下でも、自分らしく生きようとしている人は、
自立に向かっている人なんじゃないかなって思います。
一般的には経済的自立が重視されているものの、
その自立を基本にして、何を目指していくのが、
みんなの共通の課題なんじゃないかなって思います。
まずは生活、健康、そして仕事。
仕事をすることで、生活が潤う。
そこで終わりじゃなくて、厳しい状況の中でも
いかに感謝して、楽しく、おもしろく生きるかが大事なんじゃないかなって
思いました。
食事も、栄養を取ることから始まり、そして食べることの喜びへ。
生きている限り、楽しみがいっぱいやな~
じりつってなに

こんにちは。コンピラです。
本当に仰るように「自立」というのをどのように捉えるかで人との向き合い方、生き方は大きく変わってくると思います。
自立というと経済的自立・生活面における自立・精神的自立が挙げられます。
ちなみに私は最後の精神的自立が重要となるのではないかと考えます。経済的自立と生活面における自立は自分でできるのであればそれに越したことはありませんが、この二つはあくまでも目的ではなく手段だと考えます。
たとえば経済的自立に関しては、専業主婦の場合はどうでしょうか。専業主婦は確かに自分で給料を得ている訳ではありませんが、主婦が家事・育児をするから夫は仕事に集中することができるのでしょう。それによって主婦も衣食住を達成することができる。夫サイドで考えれば妻(主婦)が家事育児を放棄すれば家事ができない夫は仕事に集中できません。つまり夫は経済的自立はしていても生活面においては何もできないわけです。
このように人間は結局誰かに依存し、迷惑を掛け、助けられて生きているのです。「私は何でも自分でやっているし自立している」と豪語する人がいますが、そのような人はそのことに気付いていないのではないでしょうか。
最後に精神的自立についてですが、私はそれは「考え、意志を持つこと」だと考えています。「自分はこうしたい」「自分はこう思う」というように「自分はどう考えるだろうか」というように自分で考え、悩み苦しむことで自分の意志を持つことが何よりも重要でありすべての始点だと思います。たとえ自分の意思がすぐに結果に反映されていなくとも、まだ行動に移せていなくてもいいと思います。
私もまだまだ未熟で助けてもらってばかりの人間ですが、自分を見失うことだけはしたくないと思っています。感謝の気持ちを忘れずに助けられながらでも真面目に生き続けていきたいと思います。
こんにちは、コンピラです。いつも楽しみに拝見しています。
michinoboさんは一人暮らしをされているみたいですが、障害年金なども利用して生活されているのですか?経済的なやりくりなども今後ブログを通じて教えてください。私も一人暮らしをした時の今後の参考にしたいと思います。
いつもコメントありがとうございます。
お金についても、生活についても、いろいろな制度を利用していくことがいいですよ。
あとは、今働いていなくても、将来的には働けるようにどんどん外に出るべきです。
社会で貢献することが大事です。