「障がい」とは

「障害を受容する」はカメが歩いているのを観察するようなもの

みなさん、いつもブログを見てくださりありがとうございます。
いよいよ20代も残りわずかの私です…。
残り1年近くの20代最後、どんな年になるか楽しみです。
さてさて、前にも書いたような気がしますが、
福祉の勉強をしていた学生時代からあたまにひっかかっていた言葉を思い出します。
それは
「障害を受容する」という言葉。
よく医療関係の方々、介護の職に就かれている方々、教職員の方々など、
障害がある方の支援にあたっている方が必ず勉強することです。
障害を受容していない方がどうやったら受容できるか?
とても熱心な支援者の方ほど考えていらっしゃるのではないでしょうか。
私からしてみると、
「障害を受容する」までを熱心に目を離さないように見ているのならば、
それはカメが歩いているのを観察しているようなものです。
ずっと見ていると何も進んでいないじゃないか、と思ってしまいますが、
しばらく意識を向けないで気が付いたときに目をやると、いつの間にか進んでいる!!
そんな感覚です。
他の視点で表現すると、
「お母さんは初めからお母さんではなくて、子どもを育てながらお母さんになる」
私はその感覚の方がしっくりきます。
私はまだまだ受容していない!!障害を受容するってそもそもなんだ?!
という感じです。
外から見たら、お医者さんが見たら「障害者」だけれど、
本人はその状況とどう向き合っていくか、その方法を身に付けるのはこれからです。
確かに、自分の状況を分かっていないでがむしゃらに頑張っている方もいれば、
何もしないままでいる方もいます。
そんな時があっても良いのです。
ただ、その人らしく輝いていないことはもったいない。
必ず、その方がキラッと光るきっかけがあるはず。
その一滴でもいい、キラッと光るきっかけづくりをしたいですね。
その人を変えよう!ではなく、その人がキラッと光る刺激はなんだろうか?
その刺激をたくさん集めていきたい。
そう感じる28歳の私でした。

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