あいうえおエッセイ

レールの上ってなんだろう

「レールに敷かれた人生なんて歩きたくない」

よく若いころは思っていた。そもそも「レールの上」ってなんだろう。これについて考えるとき、日本の学歴社会とか、高度経済成長期が過ぎたとか、そんな難しい話はしたくない。難しいことを考えたくて、書きはじめたわけではなく、とにかく、このあいうえおエッセイの「れ」を考えたかっただけなのだから。

レールの上を歩いていたら、どんな気持ちになるだろう。ちょっと想像してみる。私なら、うしろからだれか来ないか、気になってしまいそう。そもそも、レールの上は、ガタガタ道だから、車いすでは前に進めない。人に押してもらわないと進めないし、進めたとしても、ずっとガタガタして、酔って気持ちが悪くなってしまう。そこで頑張って続けても、なにも意味がない。それなら、レールの外へ出て、自分の足に合った道を選ぼうじゃないか。

それに、うしろからだれか来るのではないかとビクビクして歩くより、自分が快適に歩ける道を探しながら進んだほうが、楽しく進むことができる。そもそも、進まなくてもいい。戻ってもいい。少し休んでもいい。早歩きをしてもいい。走ってもいい。広い道に出たなら、派手に動いたり、休んで止まっていても、きっとだれかが避けてくれるから。大丈夫。

そもそも、レールって必要なんだろうか。たしかに、わかりやすい道もあってもいいと思う。でも、人間は、レールの上ばかりを歩いていると不安になったり、レールの上以外のことを受け入れることが、なぜか難しくなってくる。だから、本当は、レールがなくても、お互いにぶつかりそうになったら、道を譲ったり、止まっている人に声をかけたり、柔軟にやっていけたらいいのだと思う。

 

地面に咲いている花や、周りの自然なども含めて、空間ごと受け入れられたらいいのにな。

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