いきなり変なことを言う。電車やバスなどの交通機関がぜんぶなくなってしまい、使えなくなってしまったら、どうするか。みんな、「困難じゃ、どこにも行けない!病院も、仕事に行くこともできないじゃないか!」と、一緒になって訴えていくだろう。「使えなかったら、それはそれでいいか」と思えるのだとしたら、別の方法を使うことができる人だ(この場合、「自分は空を飛びます。」とか言っている人かもしれない)。
兵庫県尼崎市に来てから、バスに乗ることが多くなり、バスの便利さにどっぷりハマっている。たとえ歩ける距離であっても、雨や風がある場合に「バスに乗って行こうか」と思う。帰りに「あそこのスーパーに行きたいから、帰りは行きと違うバスで行こうか」とも思うことができる。
車いすじゃない人は、そんなことはふつうのことかもしれない。でも、ずっと住んでいた北海道札幌市では、福祉車両のバス(車いすごと乗るためのスロープがあるバス)をぜんぶの時間に走らせているわけではないので、予約をするように言われる。ぜんぶのバスが福祉車両ではないので、必ず乗りたい場合は予約したら配車するということだ。しかし、車いすマークがついているバスが偶然止まって、乗ろうとすると「予約してないんですか」と言われる。しまいには、予約して3日前に電話しても、「福祉車両が配車されたかどうか、確認のため電話してください。」と言われたことがあった。内心は(は?配車する手続きはそっちでするんでしょ。何で、私がまた電話しなきゃいけないの?)とあきれてしまった。
ちなみに、札幌市は、地下鉄の方が便利で、車いすユーザーはほぼ地下鉄を利用して外出している。だから、バスで嫌な扱いを受けて、他の人に相談しても「自分は使わないから」と話が盛り上がることがなかった。私も、バスで行くようなところには行く機会は少なかったので、声を上げずに終わってしまった。

住む場所が変わってみると、地域の交通機関の状況はガラッと変わる。尼崎市は、そもそも多くの人がバスを利用している。電車は遠いところに行く時に便利だが、東西に走っている路線が多いため、その間の細かい道はバスでしかいけない。
車椅子で停留所で待っていると、バスの運転手さんが必ず降りてきて、行きたい停留所を聞いてくださる。運転手さんは、テキパキとスロープを出し、車いすスペースとなる場所でお客さんが座っていると、「そこを開けて違う席に座ってください。」とお願いし、折りたたみ椅子をたたんでスペースを作るのだ。
なんて便利なんだ〜と、私の心の中は「バスを使うことが当たり前になった」。
しかし、ある日、停留所で待って、来たバスに乗ろうとしたら、「ここはスロープが出せないから乗れないよ、時間ないから行くわ。」とだけ言われて、行ってしまった。確かに、停留所の前にフェンスがあって乗りづらいことはわかった。
「あのバス乗ったらええよ。」とか、バスから降りて「ここで待ってて。」とわかりやすく教えてくれたら良かったのに!と、納得いかないまま嫌な気分で終わってしまった。
そうしていると、近くで他のバスを待っていたおばちゃんが「何で乗れへんの?車いすの男の人が乗ってたの見たで。腹たつわ!」と一緒に怒ってくれた。もうすでにバスが行ってしまって、チーンと落ち込んでしまったが、何だかスカッとすっきりした気分になった。
後で、バス会社に連絡をすると、「フェンスじゃないところのもっと後ろで待ってもらえると、手前に止めてスロープが出せます。」と説明された。ただ、車いすで待つところがまったくわからなかったし、フェンスの外に出て待つのは車道で待っているのと同じような環境だった。車いすマークの看板を立てて、スペースをわかりやすくしてほしいと要望を伝えた。
バスの運転手さんは、いつも時間に追われているから、気持ちに余裕がない時があっても当たり前だと思う。だからこそ、車いす対応がテキパキしているのだろう。帰りの停留所でスロープを出してもらって降りるとき、「ありがとうございました!」と元気に伝えるようにしている。
最初、乗るときに、「どこ降りんの?」とぶっきらぼうに感じるような言い方をされても、帰りには「雨降ってるから、気いつけや。」とか「お疲れ様です。」と言ってくださる人もいる。運転手さんのキャラが全然違っていておもしろい。違っていても変わらないのが「車いすでも待っていたバスに乗せてくれる」ことだ。
バス会社の方も「早急に検討します。」と言ってくださった。車いすは私だけでなないのだから、少しでも改善していけばいいなと思った。
この日で一番良かったことは、一緒に怒ってくれるおばちゃんがいたこと。ヘルパー事業所の方にも報告したら、事業所からもバス会社に連絡を取ってくださった。何人も声を出せば、早く変わっていくと思う。今後の変化に期待できそう!