タイ・イタリア

(10)イタリアに到着。ウノ、ドゥエ、トゥレ!

ミーティングポイントで待ち合わせ

  車いす&ステッキコンビが飛行機の中で12時間を迎えた頃、イタリアは朝の6時頃だった。ローマのレオナルド・ダヴィンチ空港、通称フィウミチーノ空港だ。

 飛行機が到着しても、降りてから手続きを行い、荷物を受け取るまで40分以上はかかってしまう。いつものように他の乗客が降りてから私たちは動き出すことができる。Michikoは寝たような寝ていないようなうつろな感じだが、イタリアに着いた!というドキドキ感で気持ちが高まっていた。Eikoさんも口数は少ないものの旅がどんどん進行していることに確かな手応えを感じている表情だ。

  乗客が降りて静まり返った頃に、入り口から機内用の車いすが運ばれてきた。その車いすを運んでくれた男性はイタリアンなダンディなおじさまだった!

  「ウノ、ドゥエ、トゥレ!(1、2、3!)」出ました、出ました!イタリア版の掛け声。二人のイタリアンなダンディおじさまに抱えられて車いすに乗り、飛行機を降りる。タイの頼もしいアテンダントさん方に「コープンクァー(ありがとう)。」と挨拶をした。食事介助もしてくれて、トイレ介助を2回お願いすることができた。女性や男性の連携プレイもお見事で心強かった。とってもありがたいことだった。本当にコープンクァー!

 いよいよここからはイタリアモードだ!気持ちがますます高まってきた。私たちはダンディおじさまに車いすを押してもらい、入国手続きを済ませて荷物を受け取った。Michikoの愛おしい車いすちゃんとも無事に再会を果たした。タイの南国のゆるやかな雰囲気とは違い、背が高く鼻も高くてがっちりとした男性や女性が多く、ヨーロッパに来たんだという感覚になる。言語はタイでは語尾は鼻が抜けるような言い方だが、イタリア語の語尾は伸ばさずくっきり終わることが多いためか、ハキハキしている雰囲気が漂っている。

 ダンディおじさまが「どこに行くんだい?」と聞いてくれたため、Michikoは「ミーティングポイントに行きたい。」と答えた。実は、英語で話したのかイタリア語で話したのか全く覚えていない。なぜなら、とても緊張していたからだ(笑)。初めて訪れた国、初めて降りた空港で、日本語が通じないおじさまに車いすを押してもらうとなると、無事にYUKAさんのもとへたどり着くかどうか不安にもなる。すぐにミーティングポイントに着くかと思いきや、モノレールにも乗ることになり、どこまで行くの?!とますます不安になる。時々、ダンディおじさま二人でイタリア語で会話しているのを聞いて、何を話しているのだろう?とさらに気になってしまう。車いすを押してもらうということは、半分身を預けているようなもの。Eikoさんも車いすに乗り、押してもらっているため、二人でイタリアのおじさまに身を預けている。

 その不安とは裏腹に、やっぱり旅を楽しまないとならないのが車いす&ステッキコンビである!海外で色々な人に助けてもらうならば、現地の国の言葉を覚えていくことをおススメ。その中でも、すみません!と声をかけるきっかけになるスクーズィ、お礼のあいさつのグラッツェは絶対に必要。お願いする時に声がかけやすいし、やってもらった後は笑顔でグラッツェと言えばお互いにやさしい気持ちになるのだ。もちろん、道端で怪しい人にも声をかけるのは危険。公共の施設の職員や人通りがあるところの通りすがりの人なら問題がないだろう。

 どこに行くか?と聞かれたMichikoは、「ヴォレイ、アンダーレァ、ミーティングポイント」と話したような気がする。今回は少しだけイタリア語を覚えていったため、ボンジョールノ(こんにちは)とか、ピアチェーレディコノセラ(はじめまして)とか、ミキャーモ○○(○○という名前です)などと言うと、かなり喜んでくれた。車いすを押してもらっている時も、ちょこちょこと知っている言葉を投げかけては、ダンディおじさまの鼻の下の格好良いひげが動き、優しくほほえんでくれるという面白いコミュニケーションを取ることができた。

YUKAさんと再会のハグ!エスプレッソの後は噂の路線変更!?

ミーティングポイントと言うと、定番の待ち合わせ。YUKAさんとメールやスカイプでやりとりしてそこで待ち合わせることにしていた。朝の7時は回っていただろう。ついにミーティングポイントに到着。YUKAさん、いるだろうか?どこ~?

 「Michikoちゃん、Eikoさ~ん!!」あ、YUKAさんだ!いつもの明るいYUKAさんの声が響いたような気がした。飛んでくるなり、いきなりのハグ!ほっぺにキス。「よく来たね~。飛行機は大丈夫だった?Eikoさんも良く来てくださった!嬉しい!」久しぶりの再会、しかも思いもしなかったイタリアで待ち合わせ。旦那さんのEijiさんも待っていてくださった。そして、またまた泣いてしまった(笑)。感動の瞬間は、意識しなくても涙が勝手に出てしまう。Eikoさんも感極まって涙目になっていた。ダンディおじさまもその光景を見てニコニコしていた。記念に一緒に写真撮影。ここまで連れてきてくださりありがとうございました~。

 さっそく落ち着いて話をするために、Eijiさんがエスプレッソを買ってきてくださった。みんなで飲みながら、イタリアで再会した喜びを何度も味わった。エスプレッソはとっても小さいカップに濃厚なコーヒーが入っている。イタリアでは、タバコで一服するようにちょっとした休憩時間に飲むことが多く、値段も100円程度とお手軽だ。お水は、炭酸があるものとないものがあり、炭酸入りを初めて飲んだ。

 YUKAさんは、Eikoさんのために車いすを用意してくださった。Eikoさんは杖歩行だけれど、長い時間歩いていることはキツイ。ましてや慣れない国、慣れない土地で歩くのはかなり疲労していくだろう。そんな時に必要なのは、やっぱり車いす。今回は、Eijiさんが働いている日本食レストランのオーナーさんからお借りした。その方は、日本人の女性でChikakoさん。Chikakoさんは90歳のお父様と一緒にイタリアに住んでいる。そのお父様は自分で歩けるようになり、車いすがそれほど必要ではなくなったために貸してくださった。そのお父様は驚くほど元気な90歳のおじいちゃん。そのおじいちゃんの話はのちほどたっぷりみなさんにお伝えしたい。

 そのように現地で車いすを借りることができれば、こちらの荷物の負担も軽くなり、海外旅行を気軽に楽しむことができる。電動車いすもそうであったら面白い。新千歳空港で自分の車いすを預けておいて、飛行機の乗り降りはいつものように空港用の車いす。そして、到着して現地の電動車いすを使うことができたら、万が一、滞在中に故障しても取り替えたり直したりすることもできるだろう。自分の車いすが飛行機に積まれている間に壊れてしまわないかと、心配する必要もない。そういった仕組みがどんどんできれば、ストレスなく海外に飛ぶことができるのではないだろうか。

IMG_9184.JPG

 私たちは、エスプレッソで休憩をした後、ホテルに向かうことにした。Eikoさんの大きなスーツケースの上にMichikoの荷物を載せて、Eijiさんが押してくれた。Michikoは電動車いすを操縦して動き、EikoさんはYUKAさんに車いすを押してもらって出発!フィウミチーノ駅からオスティエンセ駅へ。そこから歩いて近いホテルだ。チケットは券売機の他にタバコ売り場で買う場合が多い。とてもきれいなホーム。さっそくオスティエンセへ行く路線で待つことにした。ホームのそばにチケットにスタンプを押す機械がついていた。これは車いすでも届くね。初めて見る機械に私たちはわくわくした。

IMG_9185.JPG

 すると、急にアナウンスがかかり、ホームで待っていた他の人々が一斉に動き出した。なになに???何が起こったのだろうと周りを見渡してみると、他のホームへ移動し始めている。YUKAさんが「もしかすると、何番ホームの場所が変更になったのかも。やっぱりイタリアではこんなことしょっちゅう起こるのよね~(笑)。」と笑いながら話していた。確かに電子掲示板の表示が変わっている(笑)。私たちも移動し始めると、そろそろ到着するという合図が鳴り始めた。この駅はホームがすぐそこにあったからいいが、階段でまたいで行かなければならないホームもあるという。急に何番線の番号が変わり、待っていた人々が移動しても間に合わない時があるようだ。そんな時は、くそ~っとイライラすることはなく、「さて、時間ができたからエスプレッソでも飲もうか」と普通の出来事かのように慌てないらしい。日本では絶対にありえないから、最初は驚いてしまう。でも、行き当たりばったりで遅くなったりしても慌てないところは、なんだかのんびりしていていい。お国柄全体的にそんな感じだったら、ストレスも溜まりづらそうだ。

IMG_9196.JPG

 列車に乗る時はほとんど段差がなく、スムーズに乗ることができた。車いすマークのトイレもある。だからといって、列車自体が広いわけではなく、邪魔にならない場所を探してすきまで待機をしていた。列車の中やトイレには、若者の落書きだろうか。落書きはいけないけれども、日本も汚いところがあるように、他の国でも同じようなことがあるんだと安心感も持った。壁の手すりも便器から遠い位置にあるけれど、イタリア人なら使えるのだろうか。イタリアのトイレはどれも高さが高く、穴も日本よりはるかに大きい。Michikoが座るとどうしてもお尻が落ちそうになるのが難点。グローバルなユニバーサルデザインの必要性を感じる。

 もう一つの日本にはない特徴は、機械が壊れやすいということ(笑)。イタリア全土かどうかわからないけども、オスティエンセ駅のエレベーターは、つい2,3日まで壊れて動いていなかったとYUKAさん夫婦から聞いた。壊れていたらどうしようと少し不安げに列車を降りてみると、なんと奇跡的に動いていた!修理まで1か月以上かかっていたというから驚き。車いす&ステッキコンビが来るのに合わせて動いてくれたのだろうか。運に任せることもなんだか楽しい。

 ホームではいきなり「コンニチワ」と話しかけてきたイタリアの男性と記念撮影。貴重品はしっかりと複雑にカバンに入っているから大丈夫(笑)。いきなり話しかけられて近づいてくるとびっくりするが、みんなでいるから怖くない。実際に優しそうな男性で、私たちの訪れを歓迎してくれているようだ。

 まだホテルに着く前から刺激的な旅が始まった。なんだかわくわく。でもなんだかフラフラする。

IMG_9200.JPG
列車には、犬や猫が自由に歩いていた

記憶がない1日目

 やっと着いた~!ホテルに着いた私たちは、ドッと荷物を置いて、一安心した。もうお昼頃だ。YUKAさんとEijiさんが「お昼は買ってきてここで食べようか。」と昼食を買いに行ってくれた。ホテルのベッドをテーブル代わりにしてランチタイム。汚れないようにタオルを敷いて、飲み物は雑誌などの硬いものの上に置けば大丈夫。

 オリーブが入ったサラダ、ムール貝が入ったパエリア、ピッザにペンネのパスタ…どれもイタリアならではの料理。ゆっくりとこうやってホテルで食べられるのは、私たちにとってはありがたい。

 到着して早々にイタリア気分を味わった私たち、本当はもっと散歩をしたり、どこかに食べに行ったりしたい気分でいっぱいだ。ただ、ここからが全くと言っていいほど記憶にないのだ!!!お腹を満たすと、車いす&ステッキコンビは、ベッドに寝てしまっていた。でも大丈夫。この旅は、気ままなふたり旅。予定はその都度、自分たちで決めていいのだ。

IMG_9224.JPG

それは、イタリア・ローマでの生活を楽しみながら旅をすることをテーマにしていたからだ。ツアーであれば、どうしても限られた時間の中で、観光名所を回らないとならない。団体で行くと、誰かの体調が悪くなって予定が狂ってしまったり、一人だけ出られない状況になったり、他の元気な旅行者がホテルで休んでいる旅行者に負い目を感じたりする場合がある。

 今回は、YUKAさんがスケジュールを作ってくれた。ローマの観光名所を回りつつ、自由に休むことができる時間帯も作り、体調が良ければここに行くという柔軟さを持ったスケジュールだ。けれど、あまり休みすぎてもローマに来た意味がない。有名な名所を抑えながら無理のない旅行を行うことを大きな軸にしていた。それが長く旅をするポイントなのかもしれない。まるで人生みたいだ。

クリーニングのお使いおじいちゃんとばったり

 ローマに着いて2日目の朝、たっぷり睡眠をとり、すがすがしい朝を迎えた。朝ごはんはホテルのバイキング。スクランブルエッグや厚みのあるハム、チーズにトマト、フレッシュなフルーツのジュース、イタリアのおやつには定番のビスケットをつまんだ。

 その後、Eikoさんが部屋で支度をしている間、MichikoはYUKAさんと一緒にホテルの外に出ることにした。その時は、ホテルの部屋でインターネットのスカイプを使い日本と通信をしていた時だった。一緒にバングラデシュに行ったかずちゃんたちがいる、「飛んでけ!車いす」の会の友人にイタリアの世界をカメラで映しながら話をした。イタリアでは朝の8時頃、日本では前日夜の8時頃。朝と夜の時差にさえ興奮するのだから、ホテルからの窓の景色でさえも新鮮な風景に見えて、みんなで騒いでいた。

 騒いだ流れで今度はホテルから出て、ローマの景色を見せようと、YUKAさんと一緒にダッシュでエレベーターを降り、ホテルの玄関を出た。すると、ホテルの前の塀に座って休んでいたのか、ひげを生やしたおじさまがいたため、さっそく話しかけてみた。ボンジョルノ!ピアチェーレディコノセラ!(こんにちは!はじめまして!)おじさまも陽気にボンジョールノ!と返してくれた。パソコンの画面には、日本にいる「飛んでけ!車いす」の会のメンバーが、ここはどこだと思いながら見入っていた。

 YUKAさんが、おひげおじさまに「日本にいる友人です!」と紹介して、友人とおじさまを画面越しに対面させた。おじさまは流れに身を任せて、知らない日本人にボンジョルノ!と話しかけるという何ともおかしな光景。

 おじさまにポッソ・フォトグラファーレ・コンテ?(一緒に写真を撮っても良いですか?)とお願いをし、初のイタリア人とのツーショット。この「一緒に写真を撮りたい」というイタリア語は意外にも色々なところに使える言葉だ。 

 実は、ホテルから出る直後に、リアカーを引いたおじいちゃんと出会っていた。その方は、YUKAさんとイタリア旅行計画をしていた時から話題に上がっていた、最強のおじいちゃんだ。

 彼は、YUKAさんの旦那さん(Eijiさん)が働いている日本食レストランのオーナーさんのお父さま。先ほどの話に出ていた、YUKAさんがEikoさんのために持ってきた車いすの持ち主。オーナーさんはChikakoさんという着物がお似合いの女性の方だ。

 おじいちゃんは、日本からイタリアへ移った後、ベッドに寝たきりだった状態から車いすに座れるようになり、それから歩行器で歩くようになった。おじいちゃんは、一人でスーパーまで歩き、大好きなビスケットを毎朝のように買いに行くようになった。

 イタリア語は全く話せないおじいちゃん。けれど、道でつまずいた時は、通りすがりのイタリア人に助けられ、スーパーでビスケットを買うと、広場でゆっくり休んでから帰る。YUKAさんからは、最強のおじいちゃんとしていつも話を聞いていたため、Michikoにはスーパースターに思えて仕方がなかった。

 YUKAさんとホテルから出ようとしていた直前に、リアカーでホテルの前を通り過ぎようとしていた日本人のおじいちゃんを発見した。すぐに、あのスーパースターだ!!と確信して、まだ気が付いていないYUKAさんに声をかけると、「あ!本当だ!おじいちゃんだ。おじいちゃ~ん!」と手を振って、急いでホテルを出た。こちらに気づくとリアカーを止めて、YUKAさんを見てニコっと笑った。

2012-11-06 12 42 54 おじいちゃんとホテル前で出逢い.jpg

「おじいちゃん、日本から来たMichikoちゃんです。飛行機に乗ってきてくれたんだよ!」とYUKAさんがMichikoを紹介してくれた。「お~、そうかい、そうかい。」と大きなレンズのメガネを光らせて、感心しながらMichikoを見下ろしていた。「おじいちゃん、どこ行くの?」と聞いてみると、「クリーニングを取りに行くんだよ。あっちのクリーニングさ。ちかこに頼まれたんだよ。」と指をさして説明してくれた。おじいちゃん?!クリーニングも一人で取りに行くんだ…とYUKAさんとMichikoは感心して聞いていた。そして、「それじゃあ、ごきげんよう。」と、リアカーを引いてマイペースに歩いていった。ひょえ~、イタリアの地で、日本人のおじいちゃんとばったり会って井戸端会議ができるなんて、思いもよらなかった。

 おじいちゃんには、Michikoのイタリア滞在中に最後までお世話になった。寝たきりの高齢者が、みるみる動けるようになったというのは、日本ではなかなかない光景だと思う。日本からイタリアへ旅立った時の大きな刺激と、何でもおじいちゃんに頼むChikakoさんの配慮と、実はもとからアクティブだった性格とが、うまく影響し合ったのではないだろうか。あまりにも元気なものだから、またイタリアへ行ったらおじいちゃんに会えるだろうと思っていた。

 でも、「時間は有限なんだ」と帰ってきてから思う出来事が起こった。そして、Michikoの想像をはるかに超えた苦労があったことも知ることになる。それも知らずに、おじいちゃんとのローマの旅も始まった。

追記

この記事は、2012年11月2日から12泊13日でタイとイタリアへ旅をした時のノンフィクションの物語です。以前に本を出す予定で書き溜めていたものですが、色々とあって出版には至っていませんでした。

それを知った友人が「それはもったいない」と言い続けてくださり、最近ようやくこちらに載せようと思い始めました。

連載ものになっていますので、ぜひゆっくりと読み進めてみてください。

今では、新型コロナウィルスの影響で、タイやイタリアに住んでいる友人や出会った人々が元気に過ごしていらっしゃるか、心配しています。

友人に気づいてもらえたら嬉しいなという思いで、連載で載せることにしました。

どうかお元気でいらっしゃることを願って。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です