タイ・イタリア

(19)お互いの努力で「障害の殻」を打ち破る

ふたりの恐ろしいほど共通した経験

 EikoさんとMichikoはふたり旅をしていたはずなのに、最後はお互いに「ひとり旅」をすることになった。それぞれの旅で、同じ衝撃的な出来事があった。車いす&ステッキコンビは別々のひとり旅になったはずなのに、帰りの道で同じような思いを抱いていた。

 タイに一度滞在してから新千歳空港へ向かったEikoさん。そこからは重いスーツケースを持ちながらJRに乗り、札幌駅まで向かわなくてはならない。引っ張って歩くのは良いが、列車に乗り込んだり降りたりする時は、スーツケースを持ち上げなければならない。乗る時は何とかできたものの、札幌駅に着いた時はさすがにEikoさんも疲れがピークだった。「よし、一人でも頑張るか。」と意気込んで運んでいこうとしたら、スーツケースを持って助けてくれた人が現れた。ふと顔を上げるとびっくりした。どうして驚いたのか?それは、アラブ系の外国人が助けてくれたからだ。

 Michikoが帰りに抱いていた違和感は、「日本人に声をかけられなかった」ことであった。ローマで通りすがりのイタリア人に助けを求めたり、挨拶をしたりすることが自然だったのにもかかわらず、日本に着いた瞬間、一気に「声をかけにくい」という気持ちが湧いてきた。日本人に嫌なことをされたわけでもない、幼い頃のように周りの目が気になるわけでもないのに、急に湧いてきた違和感。それをうまく表現できないまま帰国し、それを忘れかけていた2年後、Eikoさんから話を聞いて再びよみがえってきた。

日本に来て、ふたたび気持ちが閉じてしまうのか

 日本に帰ってきてから、自分の気持ちがふたたび閉じてしまうような感じがした。タイとイタリアで旅をしていた時は、自分の障害に否定的にならなかった。実際に、自分から積極的に周囲の人に気軽に声をかけやすくなった。むしろ、出会ったタイやイタリア人からも気にかけてくださり、私たちが下を向かずに顔を上げて、進みたい方向に進んでいけば、自然に誰かと目が合っていた。道路の真ん中で転んだ時、バールで優雅にティータイムをしていたおじさまたちが道路をわざわざ渡って、しかも水をしっかり持って駆け付けてくださった。名前も性格も知らない人だけれど、お互いの間に「障害」はなかったと思う。

 車いすに乗っている自分を受け入れられたのは、私を外の世界へとぐいぐい引っ張ってくれた数えきれないほどの出会った人々のおかげだ。体の障害にこだわって、自分の気持ちを内にこもらせていた時間は長かった。そこから抜けることができた時、色々な出会いがどんどんやってきて人生が楽しくなり、時間があっという間に過ぎていった。

 「自分の内側にある心の障壁」は、周囲の力を借りながら、最終的には自分の力でしかやぶれない。「外に出たい」「旅をしたい」「飛行機に乗りたい」「トイレがしたい」…。

「障害」は、お互いの努力があって、打ち破れる

 その状況を卵にたとえてみよう。親鳥が卵を温めて、ひよこは内側からくちばしで卵を割ろうとする。卵から生まれたひよこは鳴くことで、自分の存在や気持ちをわかってもらい、親鳥は餌を運んでくる。それと同じように、自分できっかけは作っていくのだ。

 そして、その発信を受け取る人がいて初めて、現実になる。100%は叶わないかもしれない。10%かもしれない。でも、気にかけている人と目が合えば、一人、また一人と増えて、できるだけ希望を実現できるかもしれない。

 人と人との間の溝、「障害」を否定的に見る心の壁。

 それらを「障害の殻」と表現できるなら、内側からも外側からも協力して卵を割ることが必要だ。

 「自分の気持ち」と「他の誰かへ気にかける気持ち」のあり方しだいで、カチカチの殻で全然割れない時もあれば、薄皮だけのもう少しでやぶれそうな時もあるかもしれない。

 「障害の殻」が硬くなる原因は、たくさんあって複雑に絡み合っているかもしれない。辛い時は一息ついてから考えてもよいと思う。

「いつまでも時間はあると思うなかれ」と何度でも問いかける

 でも、いつまでも時間があると思っていては、大切な人との出会いや大事な経験ができなくなってしまう。文字通り、心を亡くすと書いて、忙しい?いいえ、そんなことを言っている場合ではない。

 最強のおじいちゃんが私たちの帰国後に天に逝かれたように、病院のボランティアの活動を休んでいたら、いつのまにか末期の若い女性と会えなくなってしまったように、どんどん周りは変化し、チャンスを失って後悔をする。

 Michikoは、13泊という期間をドキドキしながら歩いたり、ゆっくり景色を見たり、見たことのない風景に興奮したり、走ってみたり、休憩したり、思い出を噛みしめたりすることができた。進行する病気と向き合うEikoさんとふたり旅をした中で、人生の楽しみ方も教えていただいたような気がする。

一瞬の気持ちから、行動につなげる

 これまで皆さんにお伝えした経験は、Michikoが就職活動やそれまでの葛藤によって、「旅をしよう」と思い、すぐに行動したことで実現した。

 そこに多くの人が賛同してくださった。

 Eikoさんが、おもしろがって「OK!」と二つ返事をした。

 すべては偶然のようで、うまくつながっている。

 

 一瞬の気持ちに火を灯し、

 一つの思いを持ち続け、

 一つひとつの行動につなげていく。

 明日もまた、きっと、そうしていくだろう。

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