今は、すがすがしい季節。でも、真っ青に腫れている日は限られている気がする。また散歩に出かけた。
この日は、ザンビアから来たJさん。日本に住んで5年くらいになる。北海道大学で研究をしている学生さんだ。北海道大学の敷地は、観光地と言っていいほど、絶景の場所である。広くて、緑も多くて、今は桜の見ごろだ。思い切って、晴れているうちに行くことにした。

Jさんは、北海道大学のエリアには慣れているので、案内をお任せした。
見応えのあるスポットのうち、3つを回った。
一直線に見晴らしのいい並木

ベンチもあるくつろぎの場所「池」

桜のアーチロード


自分で計画をして、自分のタイミングでやっていくのもステキなことだが、ヘルパーさんの得意な場所や得意なことに頼って、お任せしてしまうのもいいと思う。
施設や病院生活を続けていると、いつも周りの人の判断で、自分の起きる・寝るタイミングが決まってしまったり、自分に選択する機会がない生活を強いられたりする経験をする。一時的ならまだいいが、それを繰り返すことになってしまう。
そこから抜け出したいという障害のある人はたくさんいる。
私もその一人だった。
いつか、だれでもお天道様に逝って、自分の人生を終えることになる。
自分で選べない生活を繰り返していくと、このままでいいのかと不安が襲ってくる。
その不安の後は、「よし、やるしかない」というポジティブ思考になる。
そうやって勢いづけてやっていくと、どうしても人に頼ることを避けていく。
だって、まずは、頑張りたいのだもの。
実は、あるヘルパーさんは、うまく頼らない私に対して、イライラしていた時があった。それはわかっていたが、イライラしているヘルパーさんには、今のタイミングで言ってもダメだと思った。結局、頼ってしまっていたのだが、なんで自分でやるって言ったのに!とさらにイライラしていたであろう。
その時の私は、他のことで精一杯で、いつも自分がコントロールできないところで、体力と時間を失っていた。人に頼ってしまうと、またそのためのやり取りをしなければならず、そこに充てる時間が取れなかったのだ。
人に頼るためには、心の余裕と、時間の余裕がなければ難しい。
あれ?おかしいな。余裕がないから、人に頼むはずなのに?
本当は、小さなことでもいいから、練習することが大切なのかもしれない。
頼ることで、また、心の余裕が生まれるから。
意外と、意識していないことでも、
いろいろな人、いろいろな環境に助けられているのだと思う。
自分の中に、余白をつくっていこう。